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市川裕先生

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市川裕先生
ユダヤに関するもっとも信頼できる知識の宝庫

マルクス、フロイト、アインシュタイン…。
2006近代西欧に陸続と輩出したユダヤ人の代表的天才たち。
数え上げればきりがないが、なぜ、かくも多くの優れた知性が、
19世紀のわずか百年の間に生まれてきたのだろうか。
ユダヤ教を専門とする私にとっては、ミシュナ・タルムード研究と並んで、
近代西欧の「ユダヤ人解放」ほど、興味を刺激される研究対象はない。
その時代にも、ユダヤ百科事典が刊行されていた。

場所はドイツである。
そこは、19世紀から20世紀の前半にかけて、
かつて類を見ないほどにユダヤ人が繁栄を謳歌した場所であった。
思想、文学、科学全般、金融、貿易をはじめとして、
あらゆる分野に進出したユダヤ人にとって、
百科事典を編纂することは、
人類の文明に寄与するユダヤ人の普遍的役割を確認することだったかもしれない。
そしてその後も、米国や革命以前のロシアでユダヤ百科事典が刊行された。
しかし、わたしたちは、その後に起こったユダヤ人の悲劇、否、人類の悲劇を知っている。
ホロコースト、あるいは ショーアーによって、
ドイツばかりでなく、東欧のユダヤ人全体がほぼ壊滅したのであった。
犠牲者は、当時のユダヤ人 全人口の三分の一に及んだ。
想像を絶することである。
そのわずか3年後、パレスチナにユダヤ人国家が誕生した。

そしてその四半世紀後の1972年に、
エルサレムから刊行されたのが、この「Encyclopaedia Judaica 全16巻」であった。
新国家イスラエルには、欧州諸国からの移民のみならず、
イスラム諸国からのユダヤ人が参集し、それこそ世界中からユダヤ人が集まった。
まさに全世界的視野で、三千年に及ぶ世界の歴史と、
あらゆる分野におけるユダヤ人の足跡が集大成されたのである。

そこには、ショーアーで滅んだ欧州のユダヤ人の存在証明も克明に記録され、
蘇生したユダヤ人近代主権国家のあらゆる活動が記録されることになった。
そして、それから30年の歳月が流れた。
世界は、どれほどに成長したのだろうか。
それは単に年月を重ねただけではない。
ユダヤ人の人口が、やっとショーアー以前の人口まで回復した歳月でもあった。

「Encyclopadia Judaica 第2版 全22巻」の刊行には、そうした興味と意義が含まれている。
近年、日本でも、ユダヤ教そのものに対する関心がかつてないほど高まった。
出版界では、ユダヤ教の概説や関連研究書籍の刊行も進んでいる。
確かに、ユダヤに関することならどんな事柄でも、もっとも信頼できる知識の宝庫が
この「Encyclopaedia Judaica」である。

しかしそれ以上に、ユダヤ人の歴史を振り返るとき、
この百科事典がもつ重みが地球全体の重みにも匹敵するほどの意義をもつと思えるのは、
ひとりわたしだけのことではあるまい。



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